飲める気がしない

金曜日に実家の断捨離を少しだけしてきました。物置きに置いてある、1度しか開封していないと思われる箱の数々・・・。父の字で「〇〇家の誰々 結婚式引き出物 平成〇年〇月 グラス」「〇〇家の誰々 三回忌 平成〇年〇月 お盆」などのようなメモ紙が貼ってあるので、何が入っているかはわかるのですが、1つ1つ中身を確認したので、なかなか時間がかかりました。我が家で使えそうなものは持ち帰りましたが、「これはちょっと・・・」という物もありました。例えば、

 

株式会社〇〇創業〇年記念の置時計は、社長さん(当時?)の和歌が彫られたものでした。和歌は「人生は努力することが大切」みたいな内容で、それはごもっともだと思うのですが・・・置時計としては少々圧が強いような・・・😅オフハウスとかに持ち込んでも買い取ってくれなさそうです。なんせ社長さんのフルネームもがっちり彫られていますからね。だからといって捨てるのもなんだか申し訳ないような・・・。こういう物ってどうしたら良いのでしょう??

 

古~い写真もたくさん出てきました。裏面にはまたまた父の字で「〇〇何歳」と書かれていました。多くは父が子供の頃の写真なので、もう60年以上前の物ですが、缶に入れて封印していたのが良かったのか、とても綺麗な状態でした。父の写真ならまだしも、裏面の名前を見ても誰だかさっぱり分からないのもたくさんありました。父はもうこの世にはいないので確認できないですし、母もわからないとのことでした。こういう写真もどうしたらよいものか・・・。捨てるのは忍びない、だからと言ってなんでも我が家に持ち帰ったら、我が家が物で溢れかえってしまいます。それでなくても狭いのに・・・。断捨離経験者の方、教えて下さい!

 

 

感動ものの写真もありました。私の祖母つまり父の母の写真です。祖母は39歳で交通事故で亡くなっており、私は会ったことがないのです。実家に祖母の肖像画があったので、顔は知っているのですが、写真で見たのは初めてでした。肖像画の中の祖母は着物姿で、真顔+角ばったメガネのせいか、ちょっと厳しそうな人に見えます。39歳で亡くなっているので、39歳かそれ以前の肖像画のはずなのに、60代と言われても納得してしまうくらいの貫禄があります。生きていたら「意地悪ばあさんだったのかな・・・」なんて思っていました。

 

ところが、写真の中の祖母はメガネをかけておらず、満面の笑顔でした。9歳の父と父の弟が遊んでいる姿を見ている祖母の顔はとても穏やかで優しそうでした。祖母の写真は数枚しかありませんでしたが、発見できて良かったです。私が祖母に抱いていたイメージが払拭されました。今の私より年下の「おばあちゃん」ではありますが、あの世で危なっかしい真木家のことをソワソワしながら眺めいるのかな~なんて思うと、なんだか不思議な気持ちでした。

 

 

他にも「収穫」がありました。コニャックがいくつか出てきたのです。父はほぼ下戸、母もそれほど飲まないので、頂いた物をそのまましまっていたのだと思います。「コニャックは日本で買うとすごく高かったから、海外旅行に行った人がお土産でよく買っていた。」と母が言っていました。どなたに頂いたかももはや謎ですが、箱に入った立派なコニャックが数本出てきました。

 

私は下戸ではありませんが、お酒を飲むのは年に数回程度です。コニャックは飲んだことがありません。ということで、1本持ち帰ってみました!コニャックに関する知識は全くないのですが、画像の物にしました。理由は「ナポレオンの絵がなんか良い感じだから。」それだけです😅

 

 

飲んでべロベロになる前にコニャックについて軽くお勉強しました。コニャックという名前はフランスの町・コニャック(画像)から付けられたそうです。

 

コニャックという種類のお酒かと思っていましたが、ブランデーの一種なのですね!ちなみにブランデーはオランダ語の「焼いたワイン」が語源だそうで、白ワインを蒸留して、樽に入れて熟成させたものがブランデーとなるそうです。また、コニャックは白ワインの蒸留を2回行い、熟成樽で最低でも2年以上熟成させるそうです。

 

コニャックを名乗るには1936年に法律で定められた条件(最低熟年年数など)を満たす必要があるそうです。何でもかんでもコニャックとして売れるわけではないのですね。コニャックへの期待値が上がります😆

 

法律ができてからまだ100年も経っていませんが、コニャックの歴史はもっと古い時代に遡ります。1世紀頃にはコニャックの元となる白ワインの生産がローマ帝国第11代皇帝によって禁止されますが、3世紀には同じくローマ皇帝であるマルクス・アウレリウスによってワイン作りが許可され、ぶどう栽培が拡大したそうです。それから時代は流れ、1411年に初めてブランデーが蒸留されました。当時は主に農家で飲まれていたそうです。

 

16世紀に入ると、オランダの商船がワインを買い付けるために、度々コニャックの町の港に来るようになりました。しかし、アルコール度数が低いワインでは長旅に耐えることができず、オランダに着く前にせっかくのワインが劣化して酢のようになってしまうという問題がありました。そこでオランダ商人が行きついた解決策が、ワインを蒸留するという方法です。これが上述の「焼いたワイン」であり、ブランデーの語源となりました。この頃は「焼いたワイン」をそのまま飲むのではなく、水で割ってワインの味に近づけて飲んでいたようです。まさかブランデーがオランダ商人の苦肉の策の産物だったとは・・・こういうことを知ると、八方塞がりに思える状況でも何かしらの解決方法ってきっとあるものなのだろうな~と思ったりします。

 

 

更に時代は下り、コニャック地方で初めてブランデーが作られたのが1549年とされています。10年後の1559年には生産過剰となったワインを無駄にしないために、オランダ商人にならってワインを蒸留したことで、ブランデーが普及していったそうです。

 

更に17世紀には1回蒸留のブランデーよりも、2回蒸留したコニャックの方が成分が濃縮され総量が減り、輸送コストを削減できるということで、本格的にコニャック作りがなさられるようになったそうです。現代のように輸送スピードが早かったり、低温で輸送することが可能だったら、ブランデーもコニャックも生まれなかったかもしれませんね。ブランデー・コニャック愛飲家の皆様はオランダ商人に感謝ですね😆

 

 

 

前置きが長くなりましたが・・・飲んでみました、人生初コニャック!一覧表にはコニャックの記載はありませんが、アルコール度数はウイスキーに並ぶ40度!ちなみにアルコールど素人の私にはウイスキーとブランデーが全く同じものに見えるのですが、どちらも蒸留酒であることに変わりはありませんが、ブランデーの原料がぶどうであるのに対し、ウイスキーは大麦やライ麦などが原料という違いがあるそうです。

 

普段アルコールをほとんど飲まない人間が、急にアルコール度数40度のものに手を出して大丈夫かという心配もありましたが、ちょびっとくらいならいけるだろうと、これまた実家から持ち帰ってきた小さなグラスに2㎝ほど注ぎ、恐る恐る口に運びました・・・

 

 

とはなりませんでした・・・😅それどころか、2㎝すら飲める気がしません😅喉が焼けるかと思いました。

 

捨てるのはもったいないので、なんとか飲み切りたいとは思っていますが、どうやって飲めばよいのでしょうか・・・。一瓶飲み干すまでに一体何年かかることやら・・・。ネットで調べると基本的にはストレートで飲むものらしいですが、何かで割って飲むのもOKらしいので、次回はソーダ割りにでもしようかと思っています。アイスにかけても美味しいという話も見かけたので、それも挑戦してみようと思います。コニャックに詳しい方、アルコール初心者でも飲める方法を教えてください。

 

 

では最後に、フランス語では「命の水」と呼ばれるブランデーの健康効果をご紹介して終わります。ブランデーは木樽で熟成させるため、樽ポリフェノールなるものが豊富なのだそうです。樽ポリフェノールは、

 

①活性酸素を取り除く

 

②血液をサラサラにする

 

③メラニンの元となるチロシナーゼの発生を抑制し、肌をシミから守る

 

 

などの効果があるのだとか。また糖質が少な目なのでダイエット中に飲むお酒としても良い、香りにリラックス効果があるため寝る前に飲むのも良い、とも書かれていました。酒屋さんのホームページに・・・(笑)