シャキット休みの間に・・・

このブログを書いているのは9月13日です。アップするのはおそらく9月17日か18日になるかと思います。5日間もお休みを頂くことになり、お客様にはご迷惑をおかけし申し訳ありません。

 

せめてブログくらいはアップできればと思い急いで書いています。5日間分は無理そうですが、せめて休み中も2回はアップできればと思っています。

 

書けば良いというものではないのはわかっていますが、なんせ急いでいるので内容が超・雑です😓ご勘弁下さい。

 

ブログを読んでくださっている皆様はご存知かと思いますが、なんでも係の山内さんを引き連れて高知に行ってまいります。高知と言えば・・・

 

上から高知駅前の龍馬、高知龍馬空港の龍馬、高知龍馬空港ANAカウンター前の龍馬、コンビニの龍馬、サンゴセンターの龍馬、サンゴセンター内のサンゴでできた龍馬、桂浜で太平洋を見下ろす龍馬、龍馬歴史館の龍馬、龍馬記念館の龍馬、龍馬が生まれた町記念館の龍馬、龍馬郵便局の龍馬、龍馬郵便局のポストの上の龍馬、ホテルの龍馬、和菓子の龍馬、サブレの龍馬、ビールの龍馬、焼酎の龍馬、バスの龍馬・・・これはほんの一部ですが、もうとにかく龍馬・龍馬・龍馬・・・龍馬って言っときゃ何とかなる、龍馬を出しときゃ間違いない、そんな雰囲気が溢れる高知です。

 

近代日本の立役者・坂本龍馬が遺した言葉は多々ありますが、有名なのはこちらでしょうか。

 

「日本を今一度せんたくいたし申候(もうしそうろう)」

 

これはお姉さんである坂本乙女さんに宛てた手紙の中の一文だそうです。その手紙には「外国とこっそり通じて悪だくみをする役人たちを仲間と一緒に倒す」ということも書かれているそうです。

 

龍馬が今の日本を見たら・・・「今だけ、金だけ、自分だけ」の私利私欲にまみれた現在の日本を見たら・・・すすぎ洗い5・6回の入念な洗濯をしたがるのではないでしょうか😭

「世の人は我を何とも言わば言え 我なす事は我のみぞ知る」

 

という言葉もあります。「人に何と言われようとかまわない。自分が成すべきことは自分が分かっている」ということでしょうか。この気概が日本の夜明けを支えたのかもしれませんね。

 

ちなみに画像は龍馬の直筆だそうです。読めない・・・😓

ところで坂本龍馬の剣の腕前はいかほどだったのでしょうか。龍馬がいち早くピストルを持ち歩いていたことから、龍馬はそれほど強くなかったのではないかという説もあったそうですが、2015年にあるニュースが入り、その説は覆されたようです。

 

そのニュースとは、剣豪・千葉周作が創始した「北辰一刀流」の免許皆伝を坂本龍馬が授かっていた証拠が見つかった、というものです。所在不明とされていた「北辰一刀流長刀兵法目録」が発見され、これが龍馬が剣も強かったという事実を示す証拠となったそうです。

 

画像は坂本龍馬とお姉さんの坂本乙女です。乙女は「坂本家の仁王様」と呼ばれ、弱虫だった龍馬を最初に鍛えた人です。龍馬の3歳上だった乙女姉さんは身長5尺8寸・体重30貫、センチとキロに直すと、なんと身長174㎝、体重112キロ!多少の脚色はあるかもしれませんが、大柄であったのは事実のようです。乙女姉さんがいなければ、龍馬が龍馬として成長することもなく、大政奉還もなかったかも?乙女姉さんは「日本一頼りになる姉」といっても過言ではないかもしれません。

 

では最後に坂本龍馬もやったかもしれない?!刀トレーニングをご紹介したいと思います😄音声はありません。動画の真似をして下さい。木刀があれば雰囲気ありますが、もちろんなくてオッケーです。素振りで十分かと思います。

 

真面目にやれば、けっこういい汗かけるのではないかと思います😊ポイントは背中を意識することです。腕から動かすのではなく、背中から動かす!です。

 

文:真木